中勘助『銀の匙』~私のなかの「銀の匙」その1
この中勘助の『銀の匙』を読むと必ずしも同じ経験をしているわけではないのに、幼い時の記憶の襞にすっと入ってきて、そこをくすぐるようにその頃の自分の頭に流れていった思いが次々と思い出されて勘助の回想に同化してくる。
私の場合は勘助にとっての叔母ではなく、勿論父母や兄弟もそのなかに入るが、しかしながら祖父母が主な相手であり、且つどちらかというと独り遊びの世界に浸るという日々の記憶だ。
弟が生まれると言う時期が、私にとって独り遊びの発端となった。釧路に赴任していた父の家に祖父が私を迎えに来て、夜汽車にのって祖父の官舎のあった小樽へと向かった。
私はその夜汽車が寝台列車で、初めての経験として寝台に寝ると云うことがとても驚きで愉快だったらしい。
「これ(寝台)はいいね」などと祖父に云ったらしく、いつまでも彼は覚えていて嬉しそうに語ったらしい。
小樽に着いてからも、公園に出かけたり、中心街のアーケードにある店で、彼がファンだった巨人(ジャイアンツ)の帽子を買ってくれたりしたようだ。
それらのことは一切私は忘れていたが、小樽の高台にある官舎で過ごす私が退屈しないように、定期的に購読する付録のいっぱいついた子供向けの購読本を届けさせてくれていたことは憶えている。
結核医だった祖父の住んでいる官舎の周りには、私と同じ位の子供は一人しかいなかった。進くんといったが、彼と会うのはまれでしかなく、殆どは官舎の裏にあった砂場で遊ぶか、年老いた夫婦の生活する家財に囲まれた殺風景な家の中で遊ぶし…